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2011年4月10日 (日)

栄村

倉庫に立ち寄る用事が出来たので、今日は朝から信州です。
倉庫での作業は2時間ほどで終了、その後、信州の撮影を行いました。
長野市を北上、木島平村、野沢温泉村を巡ります。山肌にはまだ1メートル以上の雪が残っていましたが、あたたかな陽射しによって溶かされ、この雪深い地にも確実に春が近づいていることがわかります。
大地震があった栄村にも立ち寄りました。この地の震災はあまりニュースになりませんでしたが、僕はノルウェーにいるときからずっとネットで情報を収集していました。
それには理由があります。2年前、信州を撮ると決めたとき、その始まりの地として選んだのが栄村だったからです。(取材記は昨年の1月12日〜のブログをご覧下さい)
実は栄村の写真、出版物で1枚だけ発表しています。昨年末に出したエッセイ集『小さな村は、聖なる鐘の音につつまれていた』のP88〜89です。
国道117号線を北上、栄村に入ります。目の前に広がる光景を見たとき、大きなショックを受けました。多くの家が全壊か半壊、昨年カメラを向けた家屋は、そのすべてが傾いており、玄関には「危険」と書かれた赤紙が貼られていました。十日町へ抜ける国道は陥没箇所が多く、片側通行です。荷台に家財を満載した軽トラックが何台も走っていました。栄村の状況は、栄村のホームページで詳しく知ることができます。それぞれの写真は数週間前の撮影だと思いますが、今でもまったく同じ状況です。
栄村では、この被害状況を、もっと多くの方に知ってもらいたいそうです。義援金も受け付けています。

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コメント

吉村和敏様
読んでいて
信州 栄村 の 惨状が目に浮かびます。


東北大震災後
私は直ぐに
郵便局に行き

「宮城県震災対策本部」に義援金を振替した際
局員さんに

「宮城県に親せきでもいるの?」聞かれました。

その時は 何にも考えてなく

「宮城県の被害が一番ヒドいから」と告げて渡しました。


直ぐにでも
被災された方々の元に届く事を願い
ピンポイントを宮城県に決めました。


未だに
被災者の元には渡してはいただいてません。

何も出来ない私達の気持ちが 宙に浮いた形。


今、世界で 2番目に助けてあげたい国となり義援金大国、日本に、日本よりも尚 苦しい国から 毎日毎日、沢山の義援金が届いてますが、被災者には届いてない現状。


吉村さんよりの
報告で
長野県 栄村 でも
被災地ならば

吉村さんが
講演会の 会場に
「長野県北部震災」とした義援金箱を設けていただければ
募金致します。
その方がはるかに
有効的に使われる気がします。

吉村作品の中で
かつての栄村が
写真として残せた事は栄村 復興にも 大きな励みになると思います。
私は、吉村さんのファンとして 意識し 復興したら 栄村を訪れたいと 願い 募金し

 切明温泉が好きで友人家族とよく行き、あちこち車を走らせます。
通り過ぎてしまう場所なのですが、栄村の名前は知っていました。小さな集落が沢山ある所くらい…と思っていましたが“村”としてしっかり自治されているのがすごいですね。
 
 『結い』懐かしく感じました。呼び名は違いますが、そのような文化があるところで育ちましたので。
 建物の被害もかなりのものでしょうが、融雪後の田畑・山なども心配ですね。
少しでもお役にたちたいものです。

「長野県北部震災」で家屋が倒壊された皆様に お見舞い申し上げます。
皆様、ご無事でしょうか。
同じように強い地震があるにもかかわらず、栄村のHPの被害状況を拝見し、初めて状況が分かりました。
東日本地域や原発問題中心で、あまり報道されていない事により、復旧の遅れや生活のご不便や支援物資など届いていますか。

吉村サンが、このようにブログで教えて頂き、初めて知った次第です。

「小さな村は、聖なる鐘の音に包まれていた」長野の栄村。屋根の雪に驚かされ、一冬暮らされる大変さを写真からも感じます。
よくよく見ますと「…雪のふる里…心のふる里…」という看板が、ほのぼのしていて素敵な所と思っていました。
どうか、一日も早く皆様が以前と同じように暮らせる栄村になりますように、祈っております。

東北にも、あまり報道の対象になっていない同じような街や村が、沢山あるように思います。日本という国が、大きな海原に浮かぶ小さないかだのような不安定な存在に感じられます。すべてが他人事ではありません。でも毎日それを憂いて生活しているのは、生きている時間が、とてももったいなく感じます。失った命が、存在の継続を望んでいた命が、無駄に生きることを許さないような気がします。
今日、ちょっと落ち込んでいた私を慰めてくれたのは、音楽でした。
音楽や芸術って、体のしくみで言えば、補酵素のような存在に感じます。栄養をエネルギーに変えるしくみの中で、主役ではなく脇役として必要不可欠な存在だと思います。
遠い古代の時代から、音楽や絵画というものは存在し、いわゆる動物とは違う精神世界を持つ人を支えて来たものだと、私は思っています。
明日の朝、お目当ての被写体を作品として写し出せるといいですね!期待しています!

吉村さん、信州取材お疲れ様でした。
大事にしていた信州の景色が、大地震によって失われてしまったのですね。
落胆し悲しみに沈むお気持ち…とてもわかります。
私も同じ気持ちです。
こんな非情なことがあっていいものか…と、3・11の大震災以来、すべての世界が変わってしまうようでとても心許無い気持ちを引きずっています。
こんなにも大変な混乱が続いているのを体験するのは、皆、生まれて初めてなのですから。
父や母、祖父母の世代は、戦争を体験し、戦後の焼け野原から、日本を再建してきたのを肌で実感する経験がありますが、人為的ではなく自然の猛威による自然災害、何がどうなっているのかが分からない不安も付き纏います。
自然界からの何かしらの警鐘なのでしょうか?

でも、前を向いて生きなければなりませんね。
たくさんの頑張っている方々が、日本中がまた安心して、生活していける未来が必ず拓けるようにと祈る毎日です。

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