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2011年4月12日 (火)

消費可能情報量

人の情報処理能力の限界、つまり消費可能情報量は、この10年で何十倍にもなったそうです。ネットに溢れる情報を含めると何百倍とか。
僕は数年前に、自分自身の情報処理能力の限界に気づきました。それ以来、周りに溢れている情報をあえて遮断するようになり、今は、テレビは自分が好きな番組しか見ないし、新聞や雑誌も自分が本当に必要としているものしか買わないようにしています。ネットも、2〜3のニュースサイトくらいしかチェックしていません。
でも、ブロードバンドで常に外界と繋がっているせいか、時々そんなこだわりを忘れます。先日もiPod touchでメールを読みながら道を歩いていたら、大型トラックに轢かれそうになりました。
溢れる情報からあえて遠ざかるようになると、心と体が楽になっていきます。何より好きな写真に集中できる。撮影中、携帯デバイスでニュースサイトやメールを見ないのはそのためです。多くの人が車内にテレビをつけていますが、僕には必要ありません。
実は今日、外回りの移動時間、人との待ち時間を上手く利用し、ある本を読んだのです。この本がとってもよく、夜になっても心地よい余韻に浸っています。
これは、溢れる情報ばかり追い掛けていたら、決して得ることができなかった感動です。

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コメント

人間の能力って、たった10年で何十倍、何百倍も進化するものでしょうか?

わたしは、むしろ、情報の『質』が何十分の1に希薄化したのではないかと思います。
わかりやすくキャッチーで、実は正鵠を射ていない情報が溢れ、ついつい『流し読み』のクセがついてしまったように思います。

さいきん、テレビを卒業しようかと考えています。画像を使わず情報を伝えるラジオのほうが言葉が豊かだし、新聞2紙くらい読むとかえって問題の本質が見えてくることを、このたびの震災関連で思い知らされました。

蛇足ですが、交通事故は加害者もある意味で被害者となりますから、気をつけてくださいね。

情報は量だけでなく、取り入れ方や質も大切ですよね。
 人格や価値観に影響し、人生を豊かにしたり、騒々しくしたり、危険にしたりします。(歩きながらの読書・・メールチェック・・はやめましょう。)

 また、語らないものから得られる情報はとても多いことを忘れないでいたいですね。自然界。
 人間から来る情報は、人間の思考領域からの情報ですが、自然界が持つ情報量は、それと比べると圧倒的に高く、多いです。それらを真似て人間は多くのものを作りました。飛行機、ヘリコプター、エンジン、車・・・そして、カメラ。人間の発明はほとんどバイオミメティックスですね。

 自然界は、何かを感じさせ、何かに気づかせ、仕組みを理解させ、適用させ、作らせたりしてくれますが、そんな情報の取入れ方をするためには、ただ見るのではなく、じっと静かに向き合い、時間をかけて見つめる必要がありますね。時間がたくさん欲しいですね。
 

 
 

歩きながらのメールは本当に危ないですよね。
僕は極力どこかで立ち止まってからやるようにしています。とくに電車の駅で歩きながらやるのは絶対やめたほうがいいですよね。非常に危険です。

良い本にめぐり合うと幸せになりますよね。
昼休みと通勤中は、常に何か本を読んでいます。今も早く昼休みにならないかなと思っています。続きが非常に気になる展開で・・・

よろしければ、その本のタイトルを教えてくださいませんか?気になっています。


吉村和敏様

凄く良く分かります。

あふれる情報
流れていてしまった情報

例えば
自分の処理可能を
コップに注ぐ水に例えると
人によって
コップの大きさも
注ぎ入れる速さも違う。

私は
吉村さんに関する情報を
以前は
コップからあふれ出た水として流してしまっていたんですね。
(ごめんなさい)


今は
毎日いただける
ブログの情報が
いつも いつも
私のコップに注がれ
飲んでは また
新鮮な水を注いでいただいている感じです。
吉村さんが心地良いと感じられた時間を作った本の題名に興味あります。
本も
人それぞれ
ジャンル
違いますから
情報処理能力と同じで私には
流れていってしまう
ものなのかもしれませんけれど。

おはようございます!
消費可能情報量、初めて聞いた言葉です。人が情報を処理する能力が成長するということに、まずビックリしますね。特定の人の能力ではなく、全体の人の能力が上がるってことですよね。いやぁ~人間の持つ可能性ってすごいなぁ!って改めて感じました。
これも、人の適応能力のひとつのように感じます。情報量が増す、それに適応して人の能力も増すってことですよね。
吉村さんが、ご自身の写真家としての感性を守るために、必要な情報量しか摂取しないという選択をされているのも適応するための選択のような気がします。
このような世の中の変化に対して、自分のライフスタイルをどのようにするかという選択は、吉村さんだけでなく私たちも必要なことのように思います。
そして被災された方たちの環境に適応する力にも、日々、大きな感銘を受けています。
少し話は変わりますが、ネットから引き出せる情報量には感心するばかりですが、最近、不便さも感じています。ピンポイントにその情報を得ることには便利なのですが、全体像が見えにくいのです。同じものがネット上にあっても、結局、同じ情報のある手持ちの本を片手に持っているということが最近多いことに気付きました。ページをめくって、その前後にあるものや総論的なものを瞬時に見る事が出来るのは、やっぱ紙の本なんです。
もしかすると、それも慣れなのかもしれません。私がネットの情報の取得能力がないだけのような気もします。いずれにしても、今は本を片手に、ネット検索をしている私がいます。

(゚ー゚;歩きながらのメール、お気をつけて下さいね。ひかれなくてよかった・・( ^ω^ )
どんな本に出会われたのでしょう。
気になります~~

本当に近年、溢れる情報がどんどん増えてきました。ネットなどのツール?には極力距離をおいていようと思ってきましたが、そんな私でさえ毎日様々なブログやツイッター、ウェブサイトにアクセスするようになってしまいました。
中には私には不要であったり、不快な情報や発言に触れてしまう場合もありますが、一方で、これまで知り得なかった情報や意見に出会えることも事実。
うまく折り合いをつけて付き合っていけば、とても便利で貴重なツールです。
吉村さんのつぶやきも見られるし(^ω^)

…それはともかく、吉村さん、またナガラメールチェックで轢かれそうになったんですか!?
以前にも皆さんからご注意があったのに(`´)
大事なお体、素晴らしい才能をもった写真家さんなのですから、くれぐれもお気をつけてくださいね!

吉村サン、そうですね。24時間という中で出来ることの限界、過剰情報をどこまで取り込んでいくかを線引きすることは、とても大事ですね。
信憑性の分からない情報や感心のない事に時間や気をとられることは、控えること。
私も、そう思います。
心地よい本に、めぐり合えて良かったですね。時にはゆっくりして下さいね。

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