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2011年5月18日 (水)

当時の思い出

今日の東京はポカポカ陽気で、まるで夏のようでした。
例年だと、電車内はエアコンをガンガン効かせていますが、当然いまは窓を開けることによって車内温度を調整しています。特に地下鉄は、窓を開けていると、かなりの音がしますね。いつも都心に出るときに使っている電車、まるで別の乗り物のようでした。
上京したときは板橋区に住んでいたため、都営三田線を使っていました。当時、電車内にはエアコンがありません。Eさんと電車に乗って巣鴨へ向かっているとき、激しい騒音のため、Eさんの喋る言葉がよく聞き取れなかったことを思い出します。偉い方だったので、「えっ?」と何度も聞き返すことが出来ず、わかったふりをしてずっと相槌を打っていました(笑)
僕が最初に借りていたアパートにも、エアコンはありませんでした。二夏過ごしましたが、夜、暑くて眠れなかったという記憶がありません。網戸で十分でした。やはり東京の夏の気温は確実に上昇していますね。
ちなみに電話もありませんでした。あの頃、電話の権利を取るのに7万か8万掛かったんです。つまり初任給11万の僕には、電話なんか高嶺の花。
確か2年目の夏のボーナスをもったとき、電話を契約したはず。嬉しかったです。
そう言えばミニコンポも、12〜15万くらいしたはず。月8000円払いのローンで手に入れたときも、嬉しかったです。
22才の頃から、ワープロが普及しはじめました。どれを買おうか悩みましたが、カメラがキヤノンだったので、キヤノンのワープロを選びました。
そのワープロ、23才で再びカナダで暮らすと決めたときに持って行ったのです。カメラ以上の大荷物でした。そして1年後の帰国のとき、持って帰ってきました。
数年後、小型のワープロに乗り換えました。あの大きなワープロ、どうしたんだろう……。そうだ、高野君にあげたんだ。懐かしいです。

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コメント

吉村サンの東京での生活、頑張って暮らしていたご様子が良く分かります。
一人暮らしの大変さ、お給料の中で欲しいものを購入されたから、金額の記憶が鮮明なのですね。感心します。

私は、のんびり暮らしていたせいか、欲しい物や購入した金額という記憶があまりありません。良かったのかどうか…。

投稿: サラ | 2011年5月20日 (金) 23時53分

こんばんわ!!
私は最寄りの駅迄バス利用なのですが、真夏はともかく、この時期ってエアコンなんていれなくても窓を開ければ充分なのに、誰も窓を開けないですよね・・。
私は窓際に座ると必ず開けちゃいます。

ワープロ懐かしいです。
罫線使って表を作るのが、超めんどくさかった・・。今はほんとに簡単になりましたよね(*゚▽゚)ノ 時代は劇的に変化しましたね。

投稿: ライラック | 2011年5月20日 (金) 01時27分

電話で私も思い出しました。 昔 村には一軒しか電話のある家が無くて 村はずれの川べりの鍛冶屋さんのお家は電話が有る分取次が大変で 村の入口の我が家にも走って知らせに・・・。 母は鍛冶屋の後を追いかけ走って電話口に、ハアハアゼイゼイ言いながら 出稼ぎに出ていた父からの電話を受け取っていました。この時代 あの頃の夢幻のような生活が懐かしいですね。

投稿: ちよさんです | 2011年5月19日 (木) 20時08分

なんだか今日の日記はほのぼのしていてイイですね!

僕は6~7年前にプラズマTVを買った時に、それまで使っていたSONYの平面ブラウン管TVを高野君という友人にタダで譲りました(笑)

ちなみに、東京の地下鉄でうるさい路線といえば、真っ先に日比谷線が頭に浮かびます。あれは本当にキーキーうるさいですね・・・あのカーブは鉄道の限界だと思います。運転速度もすごくトロイし、あまり乗り心地の良い路線ではないですね。一時通勤で毎日乗っていました。六本木や銀座で途中下車できるのは良いんですけどね(笑)


投稿: Mon_masa | 2011年5月19日 (木) 16時31分

高野君!みょうに、気なる存在ですね(^ ^)
20年前のワープロですか。かなり巨大なものだったはずですから、大荷物だったでしょうね!今の時代、娘たちにワープロって言っても、何それ?って聞かれそうな気がします。
私も、その頃、就職してすぐに、オフィス用の巨大なワープロの講習会ってのに行かされました。今から考えれば、たいした機能でもなく、現在のWordと同じくらいの機能だったように思います。今はその機能より、ずっとずっと充実した高性能の機能を持つパソコンが持ち運べる大きさですから、ものすごい進化ですよね!携帯電話だってそうですよね。出始めたばかりの携帯って、笑えるほど巨大なものでした。
小型化、高性能って時代は、どこまで続いて行くのでしょうね。
先の20年後、どう時代は変わって行くのでしょうね。今でも時代について行けてないのに…(^_^;)でも、頑張ります!
今年の夏も暑そうですね!こっちも頑張って、迎え撃ちましょう!
吉村さん、お忙しいですか?なんか文章から元気が感じられませんが、気のせい…?頑張って(^-^)/
今日のお昼休み、終了です(^ ^)

投稿: 花水木 | 2011年5月19日 (木) 13時19分

固定電話の権利のこと、買い取りがあったこと、そして最近の、電源を必要とする電話機の危うさ、携帯電話の不完全なところ、緊急時の公衆電話の必要性について、かなり熱く、長~く書き込みをしたのに、手違いで消してしまいました(゚□゚) 再び語りたいところですが、あまりに熱弁?をふるったので燃えつきました(T_T)
これも、デジタルの弱点ですね!(私が使いこなせてないだけです(泣))

ちなみに、高校入学の際買って貰ったS社製のコンポは、20年以上経ってだいぶおじいちゃんになりましたが、まだまだ現役です(^ω^)v(あっ、歳バレ;)
当時15~16万円しましたが、完全ニッポン製の製品はやはりすごいですね。もう修理は出来ないと思うので、これからも大事に使いたいと思います。

あ~、それにしても消した書き込みが悔やまれる…(;_;)

投稿: mari | 2011年5月19日 (木) 11時06分

あのころという名の列車に同乗させていただきました。

 家を離れて始めて住んだのは横浜でした。駅で流れ来る人の波に圧倒され「こんなところ好きじゃない」と思ったのに、あっという間に慣れました。でも、心の中で一番素敵な場所は、そのころも今もずっと島根県。今もその頃も、雑踏に疲れきってしまわないのは、心がそこに帰りそこでくつろぐからだと思います。

 高校時代、お小遣いをためて買った白いギター・・はやりのレディバードのシールを貼っていつも弾いていました。初めてのボーナスでヤマハのF-110を買いました。今はもう少しグレードの高いヤマハを使っています。少し前まで、綺麗な音色のアストリアスを使っていましたが、友人がどうしてもというので、交換しました。時々気晴らしに弾き語りをしています。数十曲のオリジナルは、私の心の歴史です。そういえば・・・最近は、作っていない・・・・。忙しいのと・・気分が乗らないのと・・・・とても忙しいのと・・。そう・・年をとると、自分のことだけでなく、ほとんどほかの人のことに多くの時間を使わなければならなくなるのです。積極的に取り組めば、それらのすべてのことは、楽しいですし、教訓的でもありますし、生産的でもあります。ただ・・・・やはり、楽しみもとても大切です。今日は久しぶりに、新しい歌作って見ます。

 高野君のワープロも、白いギターもきっともうどこにも存在しないことでしょう。(多分)
でも、思い出の中ではまだまだ甘い味がしますね。きっと生きている限りずっと、遠いところから今へ向かって風を吹かせ続けてくれることでしょう。吉村さんの場合はカナダの匂いを乗せて。

投稿: masa | 2011年5月19日 (木) 10時16分

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