板橋メモリーズ
ちょっとした仕事があったので、板橋へ。板橋へ来るとやはり胸がキュンとなります。18才〜35才まで住民票を置いていた場所だからです。なぜ、最初のスタートが板橋だったかと言うと……
高校3年の秋、担任の先生に、「吉村、おまえそろそろ進路を決めろ」と言われ、急遽東京に出たんです。写真学校でも見学に行ってみるかと、四谷にある現代写真研究所(当時は夜間専門)の門をたたきました。
で、そこで親身になって応対してくれた事務局のKさんに、「東京でどこか働ける場所がありませんか?」と相談してみました。すると、印刷会社の社長さんを紹介してくれたのです。
松本に戻ると早速その社長さんにコンタクト。小さな会社だったのですぐに採用が決まり、3月末に上京、4月1日から働きはじめました。
つまり、その会社のあった場所が板橋の小豆沢だった、というわけです。
生まれて初めての都会生活。よく働き、よく遊びました(笑)。
そうそう、松本から親が使わなくなったスクーターを持ってきたんです。それに乗って随分と色々な場所に行ったっけ。一番出かけたのは池袋。東急ハンズとか。
1年後、荒川沿いにある大きな教習所で自動二輪の免許を取得。ローンで225ccのオフロードバイクを手に入れると行動範囲が広がり、週末は埼玉の林道を走ったりしていました。
今、板橋とは何の接点もなくなってしまいましたが……
あっ、一つだけある。銀行口座をまだ板橋の支店に置いているんです。光熱費などの自動引き落としがあると口座の変更って実に面倒ですよね。引っ越しの時、銀行の人に相談したら、「引っ越したからって支店を変更しない人はたくさんいますよ」とアドバイスを受けたので、そのままにしておきました。
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スクーター、懐かしいですね~。
私も学生時代に原付免許を取り、自宅から近い沼の周りをスクーターで散歩したり、駅前周辺へ行くのによく乗ってました。小回りが利くし、色々便利。アクセルを程よくふかし、フルフェイスの真っ赤なヘルメットを被って、風を切って走ってました
投稿: yuuko | 2008年5月27日 (火) 18時16分
吉村さんもバイクの時代があったのですね。私も学生時代、吉村さんと同じバイクに乗っていました!私もローンで買ったので、ず~っとバイトをしていました。卒業後、就職して間もなく、乗る機会も減り、手放しました。今の季節、バイクは気持ちいいですよね。
投稿: えひめみかん | 2008年5月27日 (火) 17時12分
私も学生時代は板橋区でした。
大変な日々でしたが、それが今となっては
いい思い出です。
私にとっては忍耐と厳しさを学んだ場所だっ たところです。
でも 不思議と辛い日々のほうが後々
いい思い出となっていて自分にとっては
頑張った勲章のようになっています。
吉村さんは遊びすぎたようなので
板橋メモリーはとってもいい意味で勲章
になったのでしょうね?
投稿: チーズ売り | 2008年5月25日 (日) 11時26分
吉村さんのメモリーのなかに現研の門をたたいたということがあるなんて・・・。私はJRP 20
年越会員です。びっくりしております。
投稿: tama | 2008年5月24日 (土) 20時00分
私は職場と自宅近くで2,3回支店を換えてます。成績になるんでしょうか、簡単に(その場で特別な手続きもなく)換えてくれました。(というか、こちらでご利用が多いようですが、支店を変更致しますか?と薦められたもので。)
電算化が進んだ今、支店の意味はあるのかな、と思いますが、口座の支店でないと不便なサービスもあるんでしょうか?
(吉村さんが板橋に寄せる思いなど、個人的なこだわりは別ですよ。)
投稿: ワタナベ | 2008年5月24日 (土) 00時27分
吉村さんの写真家としての原点が、東京・板橋区だったんですね。最初に住まれていた場所だけに思い出もたくさんあるのでしょう。

長野、松本から単身、東京へ出られ、今日まで紆余曲折を経ながら、カナダをはじめ諸外国の素敵な写真をたくさん撮ってこられた吉村さんに拍手です!!根気、体力勝負ですね。凄いことです。
ヨーロッパ取材、お気をつけて行って来てくださいね
投稿: yuuko | 2008年5月23日 (金) 23時14分