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2010年6月 9日 (水)

緑の中の教会

Img_3194 昨日は22時にバタンQでした。よって、朝、撮影データのコピー&整理を行います。デジカメになってから撮影以外の仕事が増えました。写真家はますます寝る時間が少なくなっていきます。
ホテルをチェックアウト。近くのインターから恐怖の高速に乗り、西へ向かって走ります。イタリアでの運転は怖いけど、怖い、怖いと逃げていたんでは、ちっとも先に進みません。怖さに向かって突き進む覚悟が必要です。僕の人生ってずっとこんな感じ。たまに、苦労せずに楽して生きていきたいな、思うこともあります。
_mg_05071時間後、目的の村に到着。ここもかなり大きな村。「美しい村」の基準が、フランスと若干異なっているようです。
公園の横に駐車。入口にあるパーキングメーターが壊れており、どこでチケットを買っていいのかわかりませんでしたが、「今日はチケットなんかいらんさ」というおじさんの言葉を信じ、そのまま駐車しておくことにしました。
炎天下、重いカメラ機材を持って撮影を行います。絵になる風景は少なかったけど、それでも頑張って何枚か撮ります。でないと、本のページが作れないから(笑)
でも、そうやって色々なものを切り取っていると、だんだん町の姿が浮き彫りになり、村の魅力に気づきはじめていくんです。
4時間後、車に戻りました。まずはペットボトルの水をガブ飲み。とにかく暑い、 どうしようもないくらい暑い。Tシャツは汗でびしょ濡れです。
_mg_077010キロほど先にある村へ。とても地味な村。撮影中、ここって本当に美しい村? と疑問を感じていました。で、2時間ほど取材をしてから車で周辺を走ってみたら、この村のすぐ横に、目的の美しい村がきちんとありました。
データとフィルムが無駄になってしまいましたが、間違いはよくあること。仕方ありません。
気を入れ直し、村の撮影に取りかかります。手元の資料(ホームページからプリントアウトした英文の資料)を読むと、どうやら石と共に歩んできた歴史があるとか。よって、石畳を強調したアングルで何枚か村の表情を切り取りました。
フランスの村もそうでしたが、メインはデジタルカメラです。そして、ここぞと思う風景はフィルムでも撮る。1つの村でフィルムを1本使う、と決めているので、被写体探しに必死になります。
最後、どうしても行ってみたい教会がありました。村にある教会の母体となった教会です。
でも場所がわからない。村人に尋ねようにも、ヨーロッパの田舎って、人が歩いていないんですよね〜。特にランチタイムになると、イタリアの田舎は3時間くらい、ゴーストタウンのようになってしまうのです。
広場で待つこと20分。誰も来なかったので、仕方なく車で適当に走って教会探しを行います。でも見つからない。
再び村に戻ると、トラックに乗り込もうとしていたおじさんを発見。身振り手振りで教会に行きたい旨と伝えると、すぐに理解してくれ、「あの道をまっすぐ行って、枝分かれを右へ行け」と教えてくれました。
Img_3176そして行ってみると、あった、あった! 石造りの教会がみどりの中にポツンと佇んでいました。ジ〜ンと感動がこみあげてきます。(『フランスの美しい村全踏破の旅』にもポツンと佇む教会がありますよね。実はこんな感じで見つけ、深い感動を味わっているのです)

夕方、高速に乗り、ベニス方面へ向かいます。
そうそう、イタリアでガソリンを入れる時って、いつも迷うんです。レギュラーはベンズィーナですが、いくつも種類があり、表示方法もスタンドによって異なっている。ディーゼル(ガソリオ)さえ入れなければ大丈夫ですが、それでも不安。で今日は近くにいたジローラモそっくりのおじさんを捕まえ、「ベンズィーナ、95、95」と言って、ポンプを教えてもらいました。
サービスエリアから高速に戻る時も怖い。助走区間があまりに短く、中には一端停止から高速に合流する所もある。ローで急発進していっきに40キロまで引っ張り、瞬時にセカンドに切り替えて80〜100キロまで加速する。大型トレーラーの隙間を縫って行うので、これまたスリル満点。いずれにしても、ヨーロッパの道って、マニュアル車でなければ絶対にダメなんです。
高速を走りながらガンガン飛ばす人を見ていると、イタリア人でもだいたいアウディ、ベンツ、BMWのドイツ車に乗っている人が多いですね。アルファとかフィアットの人たちは意外と普通。
それにしても、イタリア人もお金をたくさん持っている人が多そうですね。日本でもそうですが、1千万2千万の車を簡単に買えてしまう人たちっていったい何の仕事をしているのでしょうか。自社株を持っていて、TOBされた時に絶妙なタイミングで株を売り、大金を手にした……なんてストーリーを想像してしまいます。だって人間、普通に働いていたら、年間億という単位のお金を稼ぎ出すのは絶対に無理だもん。
Pordenoneという町で高速を下り、ホテル探しをはじめましたが、思っていた以上に大きな町だったので、ホテルが高そう。少し南下し、Prataという町までやって来ると、メインストリート沿いにいくつか3星ホテルがあり、その一つにコンタクトし、60ユーロの部屋を押さえました。

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コメント

空とみどりの自然の中、静かに佇む教会は、風景そのものが「祈りの場所」のようにも感じられます。
『PASTORAL』
美しい森を背景に建つ礼拝堂。
吉村先生のご解説による「牧草地の中にポツンと佇むサン・ジョヴァニ礼拝堂」は、祈りの姿…のようにも見えてきます。
聖書と人々の祈りがそこにあれば、礼拝はずっと続いていくのですね。
『赤毛のアン』の初めてのお祈りの場面を思い浮かべました。
「心からお祈りがしたい時、広々とした野原や、近所の森の奥深くへ入って行き、空を見上げるの、ずっとずっと高く果てしなくつづく、素敵な青い空を…すると、お祈りを感じるの」とアンはマリラに言います。
『PASTORAL』ポルトガルのバターリャ、天井のない礼拝堂。
先生の『あとがき』に書かれてある素敵な文章が心に響きます…
「何百年も八角形の天井は一つのキャンバスとなり、空が描く、色彩、雲の形、星のきらめきを映し出していたのだった。」
「この時空の流れに感動した。ここに何時間もいたいと願った。この地球(ほし)で暮らせる歓びを感じた。」
心からのお祈りのよう…と私は思いました。
『PASTORAL』ラストの作品ページ、十字架のシルエットの上に広がるブルーの空に、祈りの時を感じます。

『写真ライフ』(夏号)感動しつつ、拝見しています。ありがとうございました

イタリアもかなりの階級社会と聞きますから、高級車を乗ってるのは上のクラスの人達なんでしょうね。マ○ィアとか・・・
労働者階級ではまず買えませんよね。

階級社会が怖いのは、ずっとそれが固定されたまま、ということですよね。既得権益は絶対手放さないから代々続く。下のクラスはずっと下のクラスのままなんでしょうかね。

可愛い教会ですね…いろいろな歴史が刻まれているのでしょうね…古い教会でしょうが、きちんと現存させている凄さも感じます。おおざっぱそうな国なのに…
娘が、大学の授業でキリスト教について学んでいる最中です。先生が教会建築の専門家らしくて、ご自分で撮られたヨーロッパ各地の教会の写真を授業で使っているようです。先日も娘から吉村さんのフランスの村の本を使って、ロマネスク様式の教会について教えを受けてました(^^)
「怖い、怖いと逃げていたんでは、ちっとも先に進みません。怖さに向かって突き進む覚悟が必要です…」そうですよね…吉村さんは、やっぱり凄いわ〜私に褒められてもうれしくないでしょうが…最近感じるのです…ひとりでも多くの人間から評価を受けると自分存在意義を感じられると…だから、私もそのひとりですから、しっかり覚えておいて下さいね…

私たちは吉村さんの持ち帰られたものを拝見するだけですが、それらはたくさんの時間と労力をかけて運ばれてきたものなんですね。以前から吉村さんの作品は大好きでしたが、ブログを拝見するようになって、より一層深い感動を味わえるようになったような気がします。
緑の中でひっそりと、でもしっかりと佇んでいる教会…どんな歴史があるんだろう…と想像力をかき立てられます
それにしても…吉村さんと「ベン・ホープ」がどうしても重なってしまう私です~

吉村さんの感動がひしひしと伝わってきます。
重厚でシンプルな教会が美しい緑に柔らかく包まれていますね。
じんわりと涙があふれてきます。感謝。

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