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2011年6月

2011年6月30日 (木)

松本の地震

ある旅行会社の旅行説明会で、秋のカナダの魅力についての講演を行ってきました。日本橋にある新しいビル内の会場で、備え付けの液晶プロジェクターは素晴らしく、写真をとても美しく描写することができました。そう、会場がいいとトークがやりやすいのです。
終了後、携帯デバイスをONにし、松本の地震のニュースをチェックします。
東日本大震災でもそうでしたが、やはり最新情報を知るにはTwitterが一番ですね。例えばYahooのリアルタイム検索のページに「松本」「地震」と入力すると、現地からの呟きがつぎつぎと流れ込んできます。
びっくりしたのは震源地。中山の裏でした。高校時代、よく写真を撮りに行った場所です。実家から数キロの距離。
夜、実家に電話しました。棚から小物が落ち、家の中はメチャクチャだとか。ただ地震対策をしっかりしていたせいか、大物は倒れなかったようです。(すべての家具は、金具とネジでがっちり柱に固定してあった)
近所では瓦が落ちた家が多く、今はブルーシートのお世話になっているとのこと。
この日本、安全な場所はどこにもないですね。地震は忘れた頃にやってくる。改めて認識します。

2011年6月29日 (水)

4つの柱

ここ数年、自分の苦手とすることは深追いせず、その道のプロに任せていく、という流れになっています。
僕の苦手とするのはネットの世界。実は昨年、サーバがかわり、すべての設定が変更になりました。
電話で問い合わせても、https、FileZilla、NetFinder……と次々分からない単語やソフト名が飛び出し、ソフトをダウンロードしても、設定の仕方がチンプンカンプン。すぐに投げ出します。
今、ホームページの方はまったく手が着けられない状態ですが、新しいホームページが立ち上がったら、その後、既存のホームページにも手を入れるつもりです。もう自分でやるのはやめた。すべてをプロに任せます。
で、新しいホームページの方は、着々と準備を進めており、7月下旬には立ち上がります。今日も担当者さんと打ち合わせを行ってきました。
TwitterやFacebookにもリンクを貼ります。Facebookも難しそうな世界ですが、これは少し勉強すればすぐに習得できるでしょう。
なぜこれほど苦手なネットの世界に熱心かというと、自分は写真という「表現する」仕事を選んだからです。今の時代、何かを表現するにあたって、ネットは最適な手段。おそらくこれをおろそかにする表現者は、これから厳しくなっていくかもしれません。
今年は、ホームページ、ブログ、Twitter、Facebook、この4つの柱に力を入れます。

2011年6月28日 (火)

高校時代

取材期間中に仕事場に届いた山ほどの郵便物を一つ一つチェックしています。皆さんからいただいたお手紙もきちんと読んでいます。
郵便物の中に、母校である「田川高校同窓会報」第9号がありました。やはり隅々まで読んでしまいますね。
2012年、創立30周年を迎えるそうです。30年! 凄いです。つまり僕が第一期生だったので、入学してから30年も経ってしまいました。
高校時代は毎日「写真」のことばかり考えて生活していました。それほど写真が好きで好きでたまらなかった。でもまさか、自分がカメラマンになるとは、考えてもみませんでした。なりたいとも思わなかった。というか、カメラマンという職業、つまりカメラマンという生き方がよくわからなかったからです。
でも漠然と、卒業したらカメラを扱う会社に就職したいな、と考えていました。で、一度、テレビ信州の高校生を対象にした就職説明会に行ったことがあるのです。テレビ局のビデオカメラマンに興味を覚えたからです。
おじさんの話は全然覚えていませんが、東京の専門学校に行って技術を習得しても、カメラマンとしての就職は狭き門ですよ、と言われたような気がする。で、テレビ局の話はそれで立ち消え。
結果として高校を卒業したら、写真とは全く関係のない仕事、東京の印刷会社に就職したというわけです。
あれ、この頃の話って、まだ発表していませんよね。エッセイ集『緑の島に吹く風』の最後に「写真家以前」という文がありますが、確かこれは東京からカナダに行った話を書いていたはず。
実はこの原稿は、高校時代から始まっているのです。印刷会社の話を含め30枚くらい書き、「やっぱ、この部分やいいや」と没にした覚えがある。その原稿、捨ててしまったかな。
もしかしたら、原稿用紙がどこかに眠っているかもしれません。もう一生発表する機会はないと思うので、見つかり次第、このブログで全文公開しますね。

2011年6月27日 (月)

LEDデビュー

東京の町を歩いていたら、先週も東京にいたような感じを受けました。でも実際は3週間も留守にしていたんですね。
人々の服装は、長袖から半袖に替わっています。

家の電球が切れました。よし、LEDデビューをしよう! と思い立ち、ヨドバシカメラへ。
LEDっていいのはわかるんだけど、たくさんの種類がありすぎて、どれを買っていいのかわからない……というのが一番の問題点だと思います。
今日は切れた玉を持っていきました。「これに変わるLEDをください」と言ったら、販売員さんはすぐに「これとこれとこれですよ」と教えてくれました。
_igp0706レフランプタイプは、まだ電球の60ワット相当の明るさを持つLEDがないらしく、比較的近い明るさということで、ELPA/朝日電気株式会社の340ルーメン(2680円)を勧められました。LEDに関しては、知名度が高いメーカーの製品でなくても全く問題ないそうです。で、早速購入します。
自宅に戻り、ワクワクしながら取り付けてみます。お〜、いいじゃん。確かにLEDは素晴らしい。心配していた明るさも、以前の電球と全く同じでした。
これで消費電力がたったの6wですよ! 超省エネ。何だか嬉しくなってきます。
ソケットはあと7箇所あるので、玉が切れたら順次切り替えていこうと思います。いや、思い切って玉が切れる前に取り替えてしまおうかな。

2011年6月26日 (日)

お知らせ

123『風景写真』7・8月号
フォトコンテスト「わたしの住むところ」というテーマの審査員を務めました。P.133〜143に、僕が選んだ作品がコメントつきで掲載されています。
この『風景写真』は、超ハイレベルのアマチュアの風景作品が掲載される写真雑誌ということで知られています。コンテストに集まった作品のレベルも高く、上位を選ぶ作業は本当に大変でした。
来年もこのテーマで作品を募集します。是非ご応募ください!

『私のカントリー』夏号 77号
P.12〜13ページに、アメリカ、グランドティトンで生み出したベストショットを1点発表しています。

1234ペンタックス645D作品展
詳細はこちら
新宿ペンタックスフォーラム
6月22日〜7月18日
10名の写真家による合同作品展です。僕は、ノルウェー、ロフォーテン諸島で生み出したベストショットを1点発表しています。とても美しい雪景色ですよ。

2011年6月25日 (土)

エスプレッソ

急にエスプレッソが好きになりました。
エスプレッソ、イタリアで毎日飲んでいました。最初は日本のコーヒーのようなアメリカーノやカプチーノを注文していましたが、イタリア人に習い、途中からエスプレッソをオーダーするようになったのです。
エスプレッソは、小さなカップに1センチくらいしか黒い液体が入っていません。でも、これをちびちび飲んでいくのがいいんですよね。口の中にあの独特の苦みが広がり、普通のコーヒー一杯分を飲んだ気分になる。
オリーブオイルとチーズのこってりしたパスタを食べた後、エスプレッソが特に美味しく感じました。
で今日、スタバに豆を買いに行ったとき、エスプレッソのシングルを注文。うん、やっぱり美味しい。
急にエスプレッソマシンが欲しくなり、ネットで検索してみました。1万円台で買えるんですね。まあ半年くらいは外で飲んでみて、どうしようもないくらい好きになったら、手に入れようと思います。

2011年6月24日 (金)

帰国

外資の航空会社は、日本人向けのエンタテインメントはあまり充実していません。映画も、日本語吹き替え(もしくは字幕)は数本で、それも、マトリックスとか、ザ・インターネットとか、5〜10年前の作品ばかり。最新作を含め30〜40本の映画やビデオがあり、12時間のフライトがあっという間に感じるのは、僕の知る限り全日空ANAだけです。
ビデオはすぐにOFF。週刊文春と週刊新潮を読んで、その後はiPod touchに入れた「プリンセス・トヨトミ」万城目学著を読んで過ごしました。
ビジネスクラスはフルフラット、完全に横になることが出来るので、とても楽、長時間のフライトでも疲れません。ただ、周りのおじさんたちの鼾がうるさい、という問題もあります。やはり、エアカナダのように、一つ一つのシートがボックス型になっていた方がいいですね。次にビジネスクラスの無料チケットをゲットするときは、行き先をカナダにしてみようかな。
朝の7:40、成田着。リムジン、タクシーで自宅に戻りました。
クタクタです。

2011年6月23日 (木)

ドイツ経由、日本へ

5時起き、6時チェックアウト、車を運転し、空港へ。レンタカーを返却。鍵を穴にポトンと落としたとき、「あ〜、無事に終わった〜」という感じになりました。
空港は混んでいます。ルフトハンザのカウンターでチェックイン。9:15分の便は定刻通り離陸し、ドイツのフランクフルトへ。
その後、直行便に乗り換え、日本へ向かいました。

2011年6月22日 (水)

ミラノへ移動

宿のオーナーに別れを告げ、村を後にします。トスカーナ地方にも2000メートル級の山が連なっています。細いクネクネ道を走り、2時間ほど掛けて山越えをしました。
その後高速に乗り、250キロ離れたミラノを目指します。平日は大型トレーラーがたくさん入っているので、車の運転は緊張の連続。ミラノの大都市が近づくとその緊張は頂点に達しましたが、どうにか道を間違えることなく、事故に巻き込まれることもなくジャンクションを通過、空港側のホテルに入ることができました。
約3週間の取材が無事に終わり、まずは一安心。
このホテルにはレストランがないので、徒歩15分ほどのところにあるホテルのレストランで食事。その後、部屋で3時間ほど掛けてパッキングを行いました。
村でもらった地図やパンフレットなども持ち帰るので、荷物の全重量は来た時よりも5〜8キロ増える計算になります。
もちろんお土産はナシ。いつも買ったことがありません。いや、一つある。ある村のあるお店で小さな陶器のカップを買いました。店内の写真を撮らせてもらうため、何となく財布の紐が解いたのです。でもこれ、バッグの中に入れて持ち帰ると割れてしまうかもしれませんね。
今回、5冊の文庫本を持ってきましたが、最初の一週間で読み終えてしまいました。その後も活字に飢えていたので、Wi-Fiがあるホテルに泊まったとき、iPod touchに3冊の本をダウンロードしたのです。文庫を読み終えてから、ずっとこの電子書籍を読んでいました。
携帯デバイスで本を読むという行為、もう完全に慣れました。確かにこちらの方が楽かもしれません。次回の海外取材から、紙の本を持っていくのは完全にやめるつもりです。これで2〜4キロ、荷物が減らせる。
ソニーのリブリエ、確かに魅力を感じていますが、独自ではダウンロード出来ないし、Macには対応していないしで、まだ様子見ですね。今のところ、iPod touchをリーダーにすることで十分満足しています。

2011年6月21日 (火)

山の中の村へ

高速を70キロ北上し、ある村(町でした)を取材。あまり撮るものがなく2時間で終了。この村は本の中で1ページで十分だな、と思いました。
フランスの美しい村もそうでしたが、その村を何ページで紹介するか、取材の時にほぼ決めてしまいます。そして編集者さん、デザイナーさんに最終調整をしてもらっている。つまり2ページや4ページで紹介している村は、いわゆる僕の「お勧め」というわけですね。
再び高速に乗り、西に130キロほど移動します。大都市フィレンツェ郊外のグルグル巻きのジャンクション、超怖かった〜。1度変な方向に行ってしまいましたが、どうにか復帰し、予定していた高速に乗ることができました。
高速を下りてから、トスカーナの山道を走ります。小さなカフェでサンドイッチ。その後、グングン山道を駆け上がり、小さな村に辿り着きました。
炎天下、3時間ほど歩き回って取材。
_mg_1469夕方、1キロほど先にある別の村を取材。こちらの村は、とても魅力的な村でした。
さて、今晩のホテルをどうするか。
偶然迷い込んだ脇道で、感じのいいプチホテルを発見。コンタクトすると空き部屋がありました。家族経営の雰囲気のいいホテルです。
部屋に荷物を運び入れた後、村の中を歩き回って撮影。とにかく坂道が多い村。ゼイゼイ言いながらてっぺんの教会まで行ってみました。見晴らしが素晴らしかった!
山の中に町や村があるヨーロッパって不思議ですね。アジアも同じ。そう考えると、何故日本は山頂に町がないんだろう。例えば東京だったら、高尾山の山頂が町になっていないのは何故? もしかしたら日本人の謙虚さも影響しているのかもしれません。
夜景を狙い、部屋に戻ったのは、10時。早く寝たい。でも、撮影データをHDに落とす作業(2時間くらい)をしなければならないので、寝ることが出来ない。デジタルって本当に大変です……。

2011年6月20日 (月)

ホテル探しで苦戦

疲れがたまっていたのか、今日は朝7時には起きることが出来ませんでした。
朝食後、荷物整理をし、チェックアウト。20キロ先の村へ向かいます。深い谷と隣り合わせになった村でした。
_mg_1028イタリアの夏の陽射しはきついです。朝10時からガンガンきている。太陽が照った部分、陰になった部分がある被写体って、デジカメで綺麗に撮るのは難しいんです。というか、デジカメでは100%、綺麗に撮れない。
撮影した画像をモニターでチェックする度に、ハイライトが真っ白に飛んでいたり、シャドーが真っ黒に潰れていたりで、あ〜あ、これはダメだな、とため息ばかり。こんなとき、風景写真はやっぱりフィルムがベストだな、と思います。デジタルカメラの開発者の人には、もっともっと写真家の現場を知ってもらいたい。写真家の声に耳を傾けてもらいたい。いつもそう感じています。
午後、80キロほど離れた次の村へ移動します。山越え、フィレンツェ郊外の道を走り、いくつもの町を越え、トスカーナにある目的の町に辿り着きました。
町に入ったら道に迷います。細い路地を走っていたらいきなり通行止めだったり、一方通行だったりと、そんなトラブルはしょっちゅう。大切なのは、地元の人になりきり堂々と運転すること。そうすれば怖いモノなしです。
ただ、日本人の旅行者が、レンタカーを借りてヨーロッパの町中(特にイタリア)をドライブする、というのは、やめた方がいいと思います。信号も交差点(こちらはほとんどがロータリー式)も日本とは全く異なるので、運転はかなり大変でしょう。僕は22年間も海外の道を走り続けていますが、いまだ戸惑うことがたくさんあります。
_mg_1345夕方6時を回っていたので、まずはホテルを決めようと思い、見つけたホテルに空き部屋を尋ねてみます。でも、どこも満室。どうしようかと困っていたら、ある方から、旅行代理店に行けと教えられ、メインストリート沿いにあるオフィスを訪ねました。タバゴをプカプカ吸うイタリア人の気さくなおばちゃんが、方々に電話をしまくり、一軒、空きホテルを見つけてくれました。
パソコンで作ったバウチャーをプリントアウトするとき、レーザープリンターのトナーを一度取り出し「しょうがないわね」と言いながら何度か左右に振っていたところが面白かったです。あっ、自分と同じだ、と思った(笑)。
フリーの駐車場に車を停め、重い荷物を持ってホテルまで歩きます。二往復した。
車のトランクから荷物を取り出すとき、海外では特に神経を使います。つまり、誰かに見られていないか、ということが気になるのです。
ちなみに、僕は取材中のレンタカーの車内を、おもいっきり汚くしています。床にゴミやペットボトルを散乱させている。つまり、地元の人の車というふうに見せ、トランクにスーツケースが入っていることを悟られないようにしているのです。
村巡りをしているときは、3〜5時間、車から離れます。この間、いつもトランクの荷物が心配で心配で仕方ありません。もちろんトランクの中のスーツケースは、チェーンロックでグルグル巻きにしていますが、それでも気掛かり。中には使わないカメラやレンズやパソコンや撮影済みのフィルムが入っているわけだし。
もちろん、夜はすべての荷物をホテルの部屋に運び入れます。
車の中にある荷物が盗まれないのは、日本だけです。カーナビが盗まれないって、すごいことなんですよ。備え付けのカーナビでも、海外だったら即アウト。治安がいいカナダも即アウト。プリンスエドワード島だって、車の中に貴重品があればすぐに盗まれます。

2011年6月19日 (日)

フェラーリ

両腕は日焼けで真っ黒です。日焼けというか、肌が焦げた感じ。麦わら帽子を被っているので、顔の日焼けはほどほどです。やっぱり40を過ぎると日焼けは怖いですね。次々とシミになっていく。人の体って、不思議です。
今日は移動があったので、3つの村しか取材できませんでした。
トスカーナの田舎を巡っていますが、車の運転は怖いですよ〜。若者が運転するアウディとBMWが、おまえらレースでもやっているのか、というくらい飛ばしていました。100キロ以上出しているのに、車間距離は50センチくらい。
あと怖いのがバイクです。田舎のくねくねした道は、まるで鈴鹿サーキット状態。200キロ以上で飛ばすバイクが何台もいます。山道のカーブを曲がっているとき、対向車線に車体を倒した状態でバイクが突っ込んできます。急に現れるので、こちらはかなりビビる。毎日深刻な事故を1〜2件は見ますが、今日もある田舎道でバイクがグチャリと潰れていました。もちろん、所々で警察の取り締まりが行われています。でも、飛ばす奴らは何故か捕まらない。日本でもそうですね。
ファーストフードを徹底して排除するイタリアの田舎は、確かにスローフードです。でもスローライフでは決してない。少なくとも、僕はそう感じています。
_mg_0714ある村でフェラーリを見ました。素朴な村とフェラーリって、何故かイタリアではしっくりきますね。でもフェラーリとかランボルギーニとか、やっぱりこの国だからこそ誕生した車って感じがします。
夜、ホテル探しで苦戦します。
フランスの美しい村は、「宿泊施設がある」という項目が登録条件に含まれています。しかしイタリアでは、それがありません。だからなかなか村に滞在することができない。地図やナビにホテルマークがあっても、実際行ってみるとホテルがなかったりと、イタリアはかなりいい加減。そんなところもイタリアらしいと言えますね(笑)
結局近くの町まで出て、4つ星ホテルを見つけたので、チェックインしました。78ユーロでしたが、疲れているので、別に高くてもいい。とにかく早く横になりたい。
今日は日記も書けないほど、疲れています。

2011年6月18日 (土)

だんだんと疲れてきた

朝訪れた村の広場に市場が出ていました。土曜日はどの村もこんな感じでしょう。
カラフルなフルーツがたくさん売っているので、市場には不思議な明るさがあります。東京の自宅近くの公園でも週末青空市が行われていますが、魚とか野菜とか漬け物とかで、地味な感じです。
フランスからはじまり、これだけたくさんの村巡りをしていると、村を歩きはじめた瞬間に、「あっ、この村は好き」「この村は苦手」というのがわかるんです。目に見えない何かを、心で感じる。
午後訪れた村には立派なお城がありましたが、でも、昔の戦いの歴史が染みついているので暗いイメージ。太陽はさんさんと照っているのに、気分だけが滅入ってくるのです。僕がそう感じるので、霊感が強い人はもっと何かを感じるかもしれませんね。
夕方、(といっても日が暮れるのが9時)クタクタになってホテルに戻ります。写真家の仕事って、とてもとてもハードです。まず体力的に疲れますが、常に緊張しているので、何より精神が疲れる。
僕の写真は、多くの人の心を癒しているのかもしれません。でも、実際その写真を生み出している現場、つまり写真家は、あまり癒されていないのです。とにかく過酷。常に汗だく。仮に自分がリラックスモードで旅をしていたら、力強い写真、メッセージ生のある作品は決して生み出せないでしょう。物事は常に正比例の関係にあるのです。
レストランで食事。今日はカルボナーラ。う〜ん、これも旨い。100点。どうやったらこんな究極の味が出せるんだろう。小麦粉とチーズが違うのかな。
_mg_9940昔誰かのエッセイで、イタリアはどんな田舎の食堂に入ってもそれなりのパスタが出てくる、と書いてありましたが、それは本当の話です。すでに30食は食べていますが、外れはまだ1つのみ。
ちなみにパスタだと、日本だと30食中、15食は外れ。ちなみにフランスだと30食中、20食は外れ。ちなみにカナダやアメリカだと、30食中、27食は外れ。

2011年6月17日 (金)

自国の食文化

_mg_9702だんだんと体力が消耗してきたので、今日は9時スタート。
どの村も似たり寄ったりです。でもたまに大ヒットがある。まだ内緒ですが、とにかく凄い村があるんです。今日は最初に大ヒット村が登場。気合いを入れて撮影を行いました。
夕方、インターの近くで見つけたホテルにチェックイン。トスカーナらしい雰囲気のいいプチホテルでした。1泊58ユーロ。
日が暮れるまでにもう一つの村を撮影しようと思い立ち、20キロほど離れたところにある村に出掛けていきます。
撮りはじめて、「ん? これが美しい村?」と疑問に感じはじめました。終了後、地図をチェックすると、ガ〜ン。違う村でした。スペルが似ていたからです。3時間の撮影が無駄になってしまった……。
夜10時にホテルに戻ります。レストランで夕食。またまた美味しいパスタでした。
イタリアではどうしてもレストランに入ることになってしまう。理由は簡単。コンビニやファーストフードがどこにもないからです。
自国の食文化に誇りを持ち、そのスタイルを貫き通しているイタリアって、やっぱり凄い国だと思います。日本も少しは真似しないと。

2011年6月16日 (木)

とにかく暑い

_mg_9103今日もひたすら村巡りです。
四国の札所は88箇所。イタリアの美しい村は、その倍以上の200箇所です。どの村も、3時間〜1日は滞在し、重い機材を担いで写真を撮らなければいけないので、やはりこのプロジェクトはかなりハードです。根気がないとやっていけない。
今の段階では全く終わりが見えないので、終わりのことを考えるのをやめています。ただひたすら行動するのみ。何でもそうですが、根気よくコツコツやっていけば、やがて終わるでしょう。
_mg_9215毎日2時頃になると、動きたくない、撮影したくない病に掛かります。原因はこの暑さ。33度、炎天下での村歩きと撮影は、本当にしんどいです。毎日ペットボトルの水を2リットルはがぶ飲み。出発前に買った靴も、だんだんと靴底がすり切れてきました。
実は今日、寝不足でした。実は昨日の夕食後、エスプレッソを飲んでしまったのです。エスプレッソがだんだん好きになってきました。ご存じのように、エスプレッソは極小カップに、ほんの少ししか入っていません。スタバのサービースコーヒーより少ない。このくらいなら大丈夫だろうと思ったら、やはり夜、眠ることができなかった。やはりエスプレッソは強いですね。

2011年6月15日 (水)

写真展

_mg_8528まず、トスカーナのある有名な村へ行きます。ここは村というより町でした。賑やかな場所は、人疲れするし、治安が悪くなるしで、正直、僕好みではありません。
まずは30分ほど歩いて町外れまで行き、町の全景を撮影しました。今の季節、どの町や村も、空にはツバメが飛んでいます。どうしても黒い点となって写ってしまう。こればかりは仕方ないですね。
その後、町中を精力的に歩き、写真を撮ります。露天が出て、賑わっていました。
ある裏通りで、危ないヤツが僕をつけていることに気づきました。直ちにすべての機材をカメラバッグにしまい、しっかり蓋を閉め、そして小走りに人がたくさんいる広場へと向かいます。まあ、明るい日中は、このように危ないヤツに目をつけられてもあまり怖くはありませんね。もちろん夜は凄まじく怖いです。だからヨーロッパでの夕景や夜景の撮影は本当に大変。
3時間ほどで撮影を切り上げ、次の村へ向かいました。途中、スーパーマーケットでコーラと水を買い、いっきに飲み干します。炎天下での撮影は本当にしんどい。黒いTシャツを着ていますが、何度も大汗をかくので、夕方は白い塩がふいてくるんですよ。
_mg_8689次の村は、小さな小さな村でした。ある建物の地下ギャラリーで、イタリア人の写真家たちの写真展が開催されていました。どの作品も素晴らしく、とにかく感動しまくり。海外の写真家の作品を見てしまうと、日本人の写真家の作品はまだまだ全然ダメですね。もちろんその中には僕も含まれます。海外で優れた作品を見てしまうと、「こんなんじゃダメだ」と、ちっぽけな自分のスタイルを深く反省します。
ちなみに、今のイタリアの村巡りで生み出している写真は、「作品」ではありません。これはあくまで「記録写真」です。そう、200個以上の村をすべて撮ることに意義があるのです。これも一つの写真表現の形、僕の中にはいくつも表現の引き出しがあるのです。
3番目の村は、それなりの大きさでした。暑い暑いと呟きながら、20キロ以上の機材を担ぎ、2時間ほど歩きました。
_mg_8832レストランで遅めのランチ。ここのパスタも100点満点。う〜ん、これも生まれて初めて接する味。このチーズの味は凄い。
高速を使って40キロほど南下します。郊外で50ユーロのホテルを見つけチェックイン。
気合いを入れて4番目の村へ。夕景の写真が欲しかったので、夜9時半まで撮影を行いました。
さすがにクタクタです。

2011年6月14日 (火)

トスカーナへ

_mg_8246気合いを入れ3つの村を取材。どれもごく普通の村でした。
夕方訪れた村は、人が誰もいないような静かな村でした。しかし裏通りで一軒のレストランを発見。空いていたので入ってみます。
ここのパスタも美味しかった。味付けがしっかりしている。パスタはパスタでも、ローカルなパスタをオーダーしているせいか、初めて目にする麺ばかりです。どれもいける。
どうして日本のイタリアンは、味に拘っても、麺に拘らないんだろう。よし、今度専門店に行って、麺をたくさん買おう。パスタに目覚めました。
夕方、気合いを入れて山越えをします。こちらが安全運転でも、イタリア人はガンガン飛ばすので、怖いですね。
対向車が来ても追い越していくという感覚が、僕には理解できない。つまり中央のラインの上を走って追い越していくんです。
だから事故も多いですよ。毎日1件は必ず遭遇する。今日は田舎の小さな町で、かなり深刻な事故を見ました。車はグシャ、レスキュー隊が来て、必死になって中に閉じ込められた人を助けていました。
夕方、トスカーナに入ります。のどかでいいところなんですが、みんな車の運転が粗いので、あまりカントリーのよさは感じません。たとえ美食の国でも、イタリアは色々な意味で「熱い国」なので、永住するとしたらしんどいかもなあ〜と思います。
さて、ホテル。
町中に数軒ありましたが、駐車場がなさそうだったので、やめます。30分ほど車を走らせ、郊外の国道沿いで二つ星のホテルを見つけます。30ユーロ。チェックイン。
イタリア人のオーナー、とても陽気な人で、片言の英語もしゃべれたことから、僕に盛んに声を掛けてきました。
部屋は普通でした。さて、蚊は? おーいるいる、天井に20匹以上はいる。もう面倒なので、やっつけるのはやめました。今晩はシーツを被って寝ます。
ホテルには不釣り合いなほど、大きなレストランがありました。夜、旅行者だけでなない、地元の人が集まってきます。メニューを見ても、イタリア語なので何が何だかさつぱりわからない。で、いつも通りパスタを注文します。
そして出てきた完熟トマトのパスタ、これが美味しいのです。ぴりっとした辛さもグッド。う〜ん、この味は東京の近くのスーパーで売っているトマトの缶詰じゃ絶対に出せない。イタリアは食材から拘りがあるようです。
麺はもちろんアルデンテで、どのお店も髪の毛一本分くらいの芯が残っている。日本だったら客からクレームが出ますが、でもやっぱりこれが標準なんですね。文句なく美味しい。

2011年6月13日 (月)

美味しいパスタ

曇りどきどき雨の予報。ホテルをチェックアウト。やはり毎日違うホテルだと、さすがに疲れますね。
_mg_7965まずは最初の村へ、というかここも町でした。町中を撮影し、300段くらいの階段を登って崖の上に立つ教会まで行ってみます。見晴らし抜群。晴れていたらもっとよかったでしょう。残念。
山を越え、別の村へ。ここで土砂ぶりの雨。仕方ないので、レストランに入って遅めのランチ取ります。_mg_8035ローカルな料理をお願いします、と笑顔が素敵なお姉さんにオーダーしたら、パスタが出てきました。うん、美味しい。100点満点。やっぱりイタリアは、パスタ類は完璧です。フランスやドイツの料理はいまいち。イギリスはもっとダメ。やはり食はイタリアかもしれません。
雨が上がったので、撮影をはじめます。崖の上にある城まで行くのは大変そうだな〜と思っていたら、でかいボルボがグイグイいのぼっていきます。僕も車で行ってみまた。
8ユーロ払って城内部の見学をしましたが、何だか城って、空気が重いんですよね。戦いの歴史になるので、剣とか銃とか拷問道具とか、見ているだけで気が滅入ってきます。これは取材、と自分に言い聞かせ、一通り見学コースを歩きました。
どの城も高台にあるので、見晴らしは抜群です。雨で曇っていましたが、城壁にカメラを固定し、丘陵の写真を数枚撮りました。
向こうの方に、サンマリノ共和国が見えます。イタリアの中にある世界で5番目に小さな国。観光や普通の撮影旅行で来ているとしたらフラリと遊びに行ってしまうのですが、今回はパス。でも、いつか行ってみようと思います。入国のとき、パスポートチェックがあるのかな。
夕方、山を下り、恐怖の高速に乗って、東へ移動します。リミニに入るとびっくり、数千軒のホテルが連なるリゾートでした。ホテルは高いし、治安も悪いだろうから、この場所はパス。高速でさらに南下し、インター近くにあったおんぼろホテルにコンタクト。1泊30ユーロ。気分が滅入るような部屋でしたが、レストランの食事はまあまあでした。

2011年6月12日 (日)

クラシックカーと絵画

_mg_7670イタリアの場合、登録は「村と町」になります。
この町には大きな広場がありました。集会でも出来そうだなと思いながら巡っていると、次々とクラシックカーが集まってきます。ファンの集いでしょう。みんな楽しそうでした。
高速を使って南へ東へ。
_mg_7811夕方、別の村に到着します。ここは凄い。建物の壁面に、色々な画家が描いた絵が飾られていました。一時的ではなく、永遠の展示です。村人たちの共通の意識なないと、このような村は誕生しませんね。僕だったら、こんな絵は絶対ヤダ、ウチは他の画家にして、と駄々をこねるかも。
城もよかったです。イタリアの村巡りをはじめて、3度目の感動でした。
50キロ先にある別の村を撮影しようと思いましたが、疲れ、気力が失せていたので、インター近くのホテルに入ります。高そうでしたが、値段を聞かずにチェックインしました。もういくらでもいいや、って感じです。
日曜のため、ホテルのレストランはクローズ、近くの町にマックがあったので入りました。イタリアではじめてのマックです(笑)

2011年6月11日 (土)

3つの村を取材

_mg_7359まずは20キロのほど先にある村を撮影。教会と邸宅があるだけのとても小さな村でした。
その後、ブドウ園に延びる農道を遡っていきます。その先にある村がなかなか見つかりませんでしたが、それでも12時前には到着。
_mg_7419ちょうど結婚式が行われており、若者たちはものすごい騒ぎようです。イタリア人は熱いですね。
その後、野を越え山を越え、別の村へ。あまり絵になる風景はありませんでした。
今日も天気は晴れたり曇ったり雨が降ったり。晴れ間に大急ぎで撮影を行っているので、結構駆け足取材になります。
夕方、土砂降りの雨の中、恐怖の高速に乗ります。合流のときはさすがに緊張しますが、僕はセカンドギアで70キロまで引っ張り、あとは一気に車線に割り込みます。走行中はひるんだらダメです。俺はイタリア人だ!と自分に言い聞かせ、他の車の流れに合わせた走行を心掛けるのです。どの車も平均スピードは120〜150キロ。追い越し車線を200キロ以上のスピードで走るポルシェカイエン。あれ絶対に捕まるな、と思ったら、案の定、ポリスに見つかり、切符を切られていました。
何より怖いのは、白い車線のど真ん中を走っていく車です。時々、ミラーすれすれで追い抜かれることがあり、こちらが少しでもハンドルがブレていたら、完全に接触事故です。(実は数年前に接触事故があり、イタリア人のチンピラにお金をふんだくられたことがあるんです。偶然通りかかったポリスも、こんな軽い接触事故は示談にしろと相手にしてくれませんでした)
いずれにしても、高速走行中は緊張のあまり手の平は汗でびっしょり。高速を下りたら、ふっと緊張の糸がほどけました。
なかなかいいホテルがなく、あっても、やめた方がいいな、というホテルばかり。町中で車をとめ、高速の出口付近にターゲットを絞り、カーナビのホテルマークを検索しました。
住宅街にあった少し高そうなホテルを発見。もうこの際いくらでもいいやとコンタクトすると、何と一泊たったの59ユーロと低価格でした。
まさに高級ホテル並の造り。こんなホテルだったら1週間くらい滞在してもいい。清潔ないいホテルは、心と体が休まりますね。今日はラッキーでした。

2011年6月10日 (金)

山の中の村へ

どんよりした曇り空。
チェックアウト後、険しい山道を通って目的の村へ向かいます。
イタリアもほぼ100%に近くマニュアル車ですが、やはりこんな道はマニュアル車でないとダメです。オートマチック車だと事故多発でしょう。
それにしても、どんな山の中にも町や村が点々としている。ヨーロッパって奧が深いです。
_dsf07733時間後、ようやく目的の村に辿り着きました。15分ほど車の中で休んだ後、撮影に入ります。城はクローズでしたが、英語がしゃべれるおじさん「せっかく来たから庭園は見て行きなよ」と門を開けてくれました。
午後、再び山越えです。道に迷ったら地図を確認する。これを何度も繰り返し、3時間後、目的の町にたどりつきました。
雨が降ってきたので、レストランに入り、食事を兼ねた雨宿り。パスタは、いまいちでした。
_mg_7180その後、車の中で一時間ほど待機していたら、やがて雨雲が過ぎ去り陽射しが戻ってきます。町中を歩き、写真を撮りました。
どの町や村も、立ち去る前に必ず全景を撮るようにしています。川向こうまで行き、いいアングルを発見します。
撮影していたら危険な若者がこちらに近づいてきます。グッと緊張しましたが、何も起こりませんでした。もちろん心臓はバクバクになりましたが。
でも、仮に夕方や夜、つまり薄暗くなっていたとしたら、もしかしたらアウトだったかもしれませんね。夜景を撮影していてもそれほど緊張感がない国は、僕の知る限り、カナダだけです。
海外の情報を紹介するとき、日本のマスコミや旅行会社は、いいことしか伝えない。でも僕は、いいことと同時に、悪いことも伝えていかなければダメだと思います。
旅行者にとって、カナダが楽園だとしたら、ヨーロッパはある意味、戦場です。僕自身、この地では24時間、常に神経を張り詰めながら生活している。だから、海外にいて心癒されるということは100%ないのです。常に考えていることは、この旅を無事に終わらせたい、ということだけ。
外務省のホームページに各国の危険情報が紹介されていますが、ここに書かれている衝撃的な出来事は、現実としてあるのです。例えばあの国のあの街だったら、ぼったくりバー、スリ、置き引き、ニセ警官と、警戒心が薄くお金を持っている「日本人だけ」が狙い撃ちにされることは日常茶飯事です。

イタリアはホテル探しで苦労しています。とにかくホテルの数が少ない。
19時になっても見つからなかったので、だんだんと焦ってきました。高速A21号線沿いの道を走り、インターチェンジの付近でホテルを発見。ようやく一部屋確保することができました。
夜はホテル1階にあるレストランでピザ。

2011年6月 9日 (木)

ヨーグルトの自動販売機

夜、大雨が降ったみたいです。ホテルの周りに大きな水たまりができていました。
8時から行動開始。まずは30キロほど離れた村に行ってみました。
今年、美しい村に加わったばかりの村。あまり絵になりませんでしたが、それでも3時間ほど歩き、気になる風景を撮影しました。よそ者は僕一人だけ。村人たちは興味津々で見てきます。
60キロほど南下し、別の村へ。ここで再び大雨になりました。車の中で一時間ほど待機し、雨が上がるのを待ちます。
_mg_6945昼頃雨雲が過ぎ去り、青空が顔を出しました。まずは城のてっぺんのまでの行き、その後、坂道を下りながらスナップ撮影を行いました。
レストランに入ると、必ず地元の料理を食べるようにしています。おじさんに尋ねたら、この地方はサラミだ、ということだったので、サラミサンドイッチにしました。うん、確かに美味しかった。
城に入ったり、高台から町の遠景を狙ったり。4時間ほどこの村で過ごしました。
_dsf0736ちなみにこの写真は、駐車場にあったヨーグルトの自動販売機です。日本にもあればいいのに。
4時頃、ようやくイタリアらしいスカッとした青空が広がります。
すでにクタクタでしたが、せっかくの晴れを有効に使おう思い、5キロ先にあるもう一つの村へ行ってみます。
ここも城を中心とした村。でも先ほどの村より小さく、訪れる人も誰もいなかったことから、とても雰囲気がよかったです。
3.5ユーロ払って城に入ります。おじさんのイタリア語、全然わかりませんが、人って身振り手振りで何となく理解できるんですよね。「今日は6時まで。あと十分で戻ってくるように」ということも理解できました。
夜は、昨日と同じピザ屋へ。
_dsf0762昨日は適当に頼んだピザが当たりだったのです。今日も同じピザにしました。美味しかった! イタリアは、ピザとパスタに外れはありませんね。

2011年6月 8日 (水)

まずは蚊の退治

_mg_6410谷は深い霧の中に沈んでいます。
朝食後、チェックアウト。雨が小降りになるのを待って、まずは村の全景を狙いました。その後村に入り、1時間ほど歩き回ってスナップ撮影を行います。
10時、山を後にし、次の村へ向かいました。
大きな町を経由するので、道は迷いに迷いましたが、3時間後、どうにか到着。ここは村というより、町でした。そう、イタリアの美しいシリーズには、町も含まれるのです。
教会や城は見応えありますが、町はちっとも絵になりません。この絵にならない場所を上手く切り取っていくのがプロですが、それでも絵にならない。つまり撮るモノがないのです。
3時間ほど歩き回り、20カットくらい撮影しましたが、心残りがありました。
フランス村とイタリア村を比較してみると、やはりフランスの村の方がぱっと見の美しさはあります。明らかにフランス人の方が美的センスに優れている。イタリアは、美しさではなく、歴史を切り取っていくような感じ。あとイタリアの風景には独特の味がありますね。
次の村へ移動。しかし大雨になったので、郊外にあったレストランに入り、遅めのランチを取りました。
メニューなし、イタリア語もわからない。何でもいいからと伝えると、ステーキが出されました。まあまあ美味しかったです。
_mg_6693その後、雨があがったので、村の撮影をはじめます。建物が黄やオレンジに彩られた、曇り空でも明るさを感じる村でした。
インターの近くで見つけた安ホテルに部屋を取ります。モーテルのような宿。安ホテル特有のアノ臭いが充満していました。これは全世界共通ですね(笑)
部屋の中に蚊が絶対にいるだろうと思ったら、やっぱりいました。蚊も安ホテルの定番です。
天井にとまっている蚊のやっつけ方は簡単です。ぬれタオルを、ポンと投げるのです。なかなか命中しないときは、三脚の三本の足の先端にぬれタオルをつけ、それを押し出すような感じで蚊を潰します。
数分で、4匹の蚊を退治することができました。壁やカーテンをたたき、他に隠れていないことも確認済み。今晩は安眠できそうです。

2011年6月 7日 (火)

素朴な村

朝8時にホテルを出て、再び山岳地帯へ。
なかなか目的の村が見つかりません。道行く村人に尋ねても、イタリア語なので何を言っているのかさっぱり理解できない。でも指差された方に行くと、やがて一本の道を発見しました。でもその道は行き止まり。一端はUターンしましたが、もう一度戻って確認してみると、道の先に小さな案内標識が。そう、目指す村は、ここから徒歩でしか行けない村だったのです!
_mg_6260登山道のような小道を10分ほど歩くと、やがて目の前に村が現れました。すごい、まるでアルプスの少女ハイジの世界。人が住む場所に、エンジン付きの乗り物がない暮らし、感動しました。
村は10分ほどで一周することができました。この村のことはあまりブログでは書かないようにします。いつか(10年後?)本として発表するまでのお楽しみ。
再び車に戻ります。
2時間ほど掛けて険しい山道を走り、目的の村に辿り着きます。この村はバリカン(バリバリ観光地という意味。吉村のネーミングです)
さて撮ろうと思ったら、また天候が崩れ、大雨になりました。
車の中で3時間ほど粘りましたが、雨はいっこうに上がる気配を見せず、ますます激しさを増すばかり。
夕方5時まで辛抱強く粘りましたが、今日の撮影は諦めました。
1時間ほど車を走らせ大きな町まで行きますが、なかなかホテルが見つかりません。再び北上し、幾つかの村を巡ってみます。
道沿いで小さなホテルを発見。クローズしているかな……とのぞき込んでいたら、隣の不動産さんからおじさんが出てきて、チェックインの手続きをしてくれました。村人同士、助け合いながら暮らしているのでしょう。
イタリアは、チェックインの際、必ずパスポートフロントに預けます。すぐに返してくれるところは稀で、大抵翌朝まで人質で取られてしまう。日本人からしてみればパスポートを手放すことが不安で仕方ないのですが、これも一つの国の文化なんでしょう。
で、どうにか部屋を確保できましたが、おじさんは英語がまったくダメだったので、ここまでくるのがとても大変でした。
7時、1階のレストランに下りていきます。どうやら客は僕一人だけだったらしく、従業員のおばさんが首を長くして待っていました。おばさんもまったく英語がしゃべれません。注文は苦戦しましたが、お決まりのアクア、パスタ、スバゲティ、カフェと言い、なんとか食事にありつくことができました。
部屋に戻り、日本から持ってきた文庫本を紐解きます。外からは激しい雨音が聞こえてきます。

2011年6月 6日 (月)

初日は雨

朝食後、チェックアウト。大雨です。
ハイウェーに乗り、北へ向かいます。湖の手前で一般道に下り、湖畔の細い田舎道を通って目的の村にやってきました。
_mg_6128すぐに撮影をはじめますが、レンズに水滴がつくと、画像がぼやけてしまう。折り畳み傘を持ってくるべきだった、と後悔します。
いくつもの村が連なっているため、どこまでが美しい村かわかりません。そこでインフォメーションで確認すると、ここも一つの村だけではなく、「地区」での登録でした。
そう、イタリアの美しい村は、現在約200個の登録がありますが、このような「地区」での登録もいくつかあるのです。つまり町や村が4つも5つも増えることになり、当然撮影時間も倍以上掛かります。
イタリアの美しい村、当初、5年で終わらせるつもりでしたが、10年は掛かるような気がしてきた。それほど大変です。取材費も3000万以上は必要。
パーキングチケットは最大2時間まで。切れそうになると車に戻り、新しいチケットを購入します。面倒でした。
やがて雷を伴う土砂降りになります。民家の軒先を借りて30分ほど雨宿り。
夕方5時、納得のいく撮影ができたので、村を後にしました。
まずは北部へ移動し、東へ20キロほど走った後、アルプスにのびる道をグングン登り、2時間ほど掛けて山越えをしました。富山市にいた自分が、北アルプスを越えて松本市に行くような感覚です。
さて、ホテル。田舎では見つかりませんでしたが、ベルガモの近くで3つ星ホテルを発見。50ユーロの部屋が空いていたので、すぐに押さえました。
レストランで食事。その後部屋に戻り、シャワーを浴びてベッドにバタンQ。やはり初日は疲れますね。

2011年6月 5日 (日)

成田→フランクフルト→ミラノ

朝4時に起き、5時に家を出て、タクシーで箱崎へ。5:45分のリムジンバスに乗り成田へ。この始発バス、別名スッチーバスと呼ばれていますが、今朝も客室乗務員ばかりが乗っていました。
7時、ルフトハンザのカウンターでチェックイン。荷物検査&入国審査のゲートをくぐり、ANAのラウンジへ。ここで朝食。朝食べる温かい蕎麦はどうしてこんなにも美味しいんだろう……と呟きながら、蕎麦とおにぎりを口に運びました。
3年に一度の楽しみは、たまったマイレージでファーストクラスのチケットを取得して海を越える、というものです。
_dsf0684
前々からあの2階建てジャンボのファーストクラスに乗ってみたいと夢見ていた僕は、数ヶ月前予約の電話をしたら、この2階建てジャンボのみファーストクラスを無料で提供していない、と言われてしまったのです。まっ、仕方ないですね。で今回は妥協し、ビジネスクラスで海を越えます。
ビジネスクラスは他の機種と大差ありませんでした。これだったらミュンヘン経由にして、いつもの機種のファーストクラスのチケット取得すればよかった……。
12時間後、定刻通りドイツ、フランクフルト空港に到着します。大雨です。
入国審査は長蛇の列。もちろんヨーロッパは、係官に何の質問もされず、ただパスポートにスタンプを押されるだけですが、この時間、アジア方面からの到着便が多いので、3〜4つのゲートに1000〜2000人が集中してしまうのです。だから凄まじく混む。
フランクフルトの空港は乗り換えがとにかく大変。どの空港も乗り継ぎ時間は1時間くらいあれば問題ありませんが、フランクフルトに限って言えば、まず無理です。仮に到着が30分遅れたら完全アウト。
今日も焦りました。42番ゲートに辿り着いた時は、まさに汗だくという状態。
LH254便は定刻通り離陸します。1時間後、イタリア、ミラノ・マルペンサ空港に到着。さて、機内預けのバッグ。フランクフルトでの乗り継ぎがギリギリのときは、ここで100%ロスバゲになりますが、今日は定刻通りだったので、きちんと出てきました。ホッと一安心。
ハーツでレンタカーを借ります。今回は3週間と長いので、車代&保険代で約15万、ガソリン代もそのくらい掛かるので、約30万です。1回の海外取材で、どうしても100万は必要。吉村和敏は取材費の捻出にいつも苦労しています。年がら年中お金が足りない。
車のエンジンをスタート、ロータリーを抜けて高速に乗り、ネットで予約した空港側のホテルへ。部屋に入り、ホッと一息つきました。

海外取材中

イタリア各地に点在する村を取材中です。
ブログは毎日書きますが、更新は帰国後にまとめて行います。(6月25日頃)
宿泊ホテルにWi-Fiがあれば、Twitterで呟きます。
吉村和敏

2011年6月 4日 (土)

ひたすら準備

3月の北欧以来、久しぶりの海外取材なので、その前準備でバタバタしています。今日もひたすら買い物。今年も収入以上にお金を使っている(笑) 写真家で生きるって、本当に大変なことです。
どんな小さな取材でも、海外旅行保険には必ず入るようにしています。保険はクレジットカードにもついていますが、補償額が少ないので、あまりあてにしていません。保険は独自で掛ける。これ、常識です。
パッケージになった保険は割高なので、一つ一つ選べるタイプの保険にしています。旅行会社で申し込み用紙を書いていたら、びっくり。何と、4月1日の改訂で、保険料が大幅にアップしていました。いつもより5000円も多く払ったかな。
靴も買いました。村巡りの後は、靴がボロボロになるので、あまり高い靴を買っても仕方がない。昨年履いてなかなかよかったH社の靴(6000円)にしました。
時間がありませんでしたが、書店にも立ち寄り、文庫本を4冊買いました。感想は読んでから書きます。
今日は深夜までパッキングです。

2011年6月 3日 (金)

カメラバッグ

明後日からイタリアです。
撮影スタイルは昨年と同じですが、今年はカメラバッグを新しくしました。
昨年は、ある写真雑誌で知ったリュックタイプのカメラバッグ。背負うタイプは、歩き中心の取材では便利そうですが、やはりカメラの取り出しが面倒になるので、途中から写真を撮るのが嫌になりました。イタリア取材3日目にして、このバッグを持ってきたことを後悔したのです。
その後、一緒に持っていったいつものショルダータイプのカメラバッグに切り替えたのですが、やはり肩に掛けるタイプは、歩き中心の取材ではかなりシンドかったです。重さは15キロ。

で今年は、腰に固定するタイプのカメラバッグを選びました。ここにはカメラ1台とレンズ2本しか入らないので、別売りのレンズポーチを2つドッキングさせます。
このスタイルがいいか悪いか、帰国後にはっきりします。もしよければ、このブログでメーカー名と一緒に詳しく書こうと思います。

イタリアの村巡りは、前準備が大変です。フランスと違い、イタリアは資料が少ない。イタリア語で書かれたオフィシャルブックで村名を知り、ミシュランの分厚い地図でその村を探し出し、マークしていく作業を延々と続けます。Googleマップも使っていますが、たまに15分も30分も目的の村が見つからないときがある。
今年巡る予定の村を全部整理するまで、あと7〜8時間は必要でしょう。

2011年6月 2日 (木)

プリンス・エドワード島は特別な島

海外出発前は、とにかく、買い物が多いです。今日もあれとあれとあれを買いました。最後に、腰につける大型のカメラバッグも手に入れました。バッグに関しては、いつもたくさんのメールをいただくので、帰国後にこのブログで詳しく書きます。

今日ある方とお会いしたとき、プリンスエドワード島の話が出ました。もう1年以上も足を運んでいない僕の第2のふるさと。
20代の頃は、僕の生活、イコール、プリンス・エドワード島でした。年に5回も日本から足を運んだことがある。外国、という感覚ではなく、長野の実家に帰るような感じ。
で今日、話をしながらプリンス・エドワード島のことを考えていたら、ジ〜ンときて、思わず涙が出そうになりました。ここ数年離れていますが、今でも島は大好きです。永遠に。
プリンス・エドワード島は、それほど魅力的な島なんです。世界を旅していても、この島を超える牧歌的な美しさにはなかなか出会わない。「世界一美しい島」というコピーは、本当かも、と考えたりもします。
ハタチの旅の途中に、プリンス・エドワード島と出会うことができ、本当によかったと思います。島に導かれる運命だったのかも。このあたりのストーリーは、2年前に出した写真集『PASTORAL』のあとがきに詳しく書きましたので、興味のある方は読んでみてください。

そうそう、ポツポツと「赤毛のアン」に関する質問メールを頂きますが、僕は赤毛のアンに関してはあまり知らないんです。お答えすることが出来ず、本当に申し訳ありません。

2011年6月 1日 (水)

9時から打ち合わせ

今日は何年ぶりかで、朝9時から都心で打ち合わせがありました。よって、8時に家を出ます。
打ち合わせは1時間ほどで終わり、次の場所へと向かいます。
そこでの打ち合わせは30分ほどで終わり、Aさんとランチを食べ、仕事場に戻ります。
で、時計を見たら何と12時30分!
まだこんな時間なんだーと感動しました。やっぱり午前の打ち合わせって、いいですね。1日の時間が有効に使えます。帰りの電車もガラガラだし。

今年の夏、多くの企業が7〜8時スタートになるようですが、僕も真似してみようかな。よし決めた。吉村事務所は6時スタートです。つまり5時起き。
でも、写真選びを朝7時と言っても、編集者さんは誰も来てくれないだろうなあ〜。出版業界は景気が悪いと言っても、まだまだ夜型なんです。

というわけで、今日は午後の時間を有効に使うことが出来、海外取材やホームページの準備が随分とはかどりました。

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